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大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)426号 決定 1987年1月12日

甲事件抗告人(申立人)

甲野花子

右代理人弁護士

上野勝

乙事件抗告人(相手方)

甲野太郎

右代理人弁護士

古川彦二

主文

一  甲事件の抗告に基づき、原審判を次のとおり変更する。

相手方は申立人に対し、昭和六〇年一一月から当事者の離婚又は別居状態の解消まで毎月末日限り毎月金七万円を支払い、かつ右のほか毎年六月末日限り各一三万円、一二月末日限り各二三万円を支払え。

二  乙事件の抗告を棄却する。

三  乙事件の抗告費用は相手方の負担とする。

理由

第一本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一当裁判所は当事者双方の本件婚姻から生ずる費用として、相手方が申立人に対し主文第一項の金員を支払いこれを分担すべきものと判断する。その理由は以下のとおり訂正、削除、附加するほか原審判書理由説示のとおりであるからこれを引用する。

原審判書四枚目表六行目の「その両親……」から同七行目の「……(生活保護基準額)を」までを「通常家賃相当額の半額程度に当る月額三万円位は両親に対し相手方の住居費としてこれを」と改め、同裏七行目の「94,611」を「30,000」と、同行目の「174,793円」を「239,454円」と訂正する。同五枚目表八行目の「174,793」を「239,454」と、同行目及び同一一行目の「89,442」をいずれも「119,286」と、同一一行目の「70,442」を「100,286」と、同一三行目の「7万円」を「10万円」と訂正する。

同五枚目裏七行目の「5万円」を「7万円」と、「9万円」を「13万円」と、同八行目の「15万円」を「23万円」と訂正する。

二甲事件抗告人(申立人)主張の抗告理由のうち婚姻当事者の婚姻費用の分担額を定めるにつき相手方の収入からまず相手方の両親の生活費を控除しその残余金をもつて分担額を積算した原審判に対する不服は、次のとおりその理由があり、原審判には右の積算の根拠及び方法に誤りがあるものというほかない。

民法七六〇条の「婚姻から生ずる費用」とは夫婦が共同生活を維持することにより生ずる一切の費用をいい、この婚姻費用分担義務は夫婦の一方が他方及び未成熟子の最低生活を維持すればよいというものではなく、いわゆる生活保持の義務として、他方及び未成熟子の生活を自己と同一程度において保障すべき性質をもつものである。したがつて、夫はまずもつて妻子に対し自身の収入と見合いかつ自己の生活程度と同程度の生活を保障すべきであるから、両親の生活扶助に関し夫婦の別居前から世帯を同じくし生活保持の義務に準ずべきものとなつていたなど特段の事情がない限り、自分がその社会的地位、職業にほぼふさわしい生活程度を維持しうる限度で扶養すれば足りる親に対する生活扶助の義務よりも優先して妻子の婚姻費用を分担すべきであつて、原審判のようにまず右の特段の事情が認められないのに親の生活費を夫の収入から控除して婚姻費用の分担額を積算するのは妥当でない。

なお、当事者双方の前示訂正して引用した原審判による認定判断に反する主張に副う各陳述書の記載の一部は一件記録に照らし遽かに措信し難く、他に右認定判断を覆すに足る証拠がない。

第三結論

よつて、以上と異なる原審判を甲事件の抗告に基づき主文第一項のとおり変更することとし、乙事件の抗告はその理由がないからこれを失当としてこれを棄却し、乙事件の抗告費用は相手方に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)

別紙

(抗告人(申立人)甲野花子)

抗告の趣旨

一 原審判を取消す。

二 被抗告人(相手方)は抗告人(申立人)に夫婦関係を維持するための生活費として毎月金一二万円を支払え。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 婚姻費用の分担については、資産、収入その他一切の事情が考慮されるが(民法七〇六条)、とりわけ別居に至つた事情が婚姻費用分担の程度を決するうえで重要な要因と考えるべきである。原審判は、別居に至つた事情を全く考慮していない。

すなわち、被抗告人(相手方・以下相手方という)は昭和五九年一月、突然抗告(申立人・以下申立人という)に対し、離婚したい旨を告げ、申立人と同居せず、別居したのである。従つて申立人としては一方的に別居を強いられたのであり、別居状態の原因は相手方にのみ存する。原審判は別居に至つた上記相手方の有責性を全く考慮しておらず、違法・不当である。

二 (1) 原審判は「申立人が同人は主張するよう子宮腺筋症にかかつてはいるが、月経時の腹痛と卵巣摘出のために入院しなければならないことを除けば、教室の運営そのものには障害はなく……」(原審判理由二(1)6)、「また申立人については、現在絵画教室を縮小しているか否かはともかくとして、同人におにて概ね従前どおり一ケ月平均五〇名程度の生徒を教えることは可能であり……」(同上二(2))と認定し、婚姻費用算定の前提としているが右認定は誤りである。

(2) 申立人は子宮腺筋症、月経因難症に罹患しており一ケ月のうち一〜二週間は腹痛等のため就労は困難な状態であり、絵画教室の運営に重大な障害がある。従つて原審がいうように一ケ月五〇名もの生徒を教えることは不可能である。原審は申立人の病状を全く考慮せず健康人と同様に就労可能なことを前提としている誤りがある。

尚、昭和五八年頃一時的に、絵画教室の生徒が約五〇名であつたこともあるが、それは申立人が病気になる以前のことである。罹患後は生徒数は漸減し、昭和六一年九月二五日現在の生徒数は一七名であり、申立人の病状からして、今後生徒数が減少することはあつても、増加することはほとんど考えられない。

更に原審は手術のための入院は現在のところきまつていないとするが、それは症状によつてはいつ手術のために入院しなければならないかわからない状態であるということである。

(3) 従つて、原審判のように、申立人が絵画教室で一ケ月五〇名の生徒を教えることを前提に月額一三〇、〇〇〇円の収入があるとすることはできない。

三 原審判は、相手方の月収よりその両親の最低生活費(月額九四、六六一円及び固定資産税(月額七、二二八円)を控除している。しかし、相手方両親は、相手方とは別個独立の生活単位であり、相手方の月収より両親の生活費や相手方の父親所有不動産の固定資産税を控除した婚姻費用分担額を決定するのは不合理である。

又、相手方に両親の扶養義務(民法八七七条)が認められるとしても、相手方は申立人に対し夫婦としての扶助義務(民法七五二条)を有しており、相手方の申立人に対する扶助義務は両親に対する扶養義務よりも優先すべきであるから、両親の生活費等を相手方月収より控除すべきでない。

四 以上の通り原審判の認定及び判断に誤りがあるので原審判は取消されるべきである。

(被抗告人 甲野花子)

抗告の趣旨

原審判はこれを取り消し、本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。との裁判を求める。

抗告の原因

一 抗告人は被抗告人の申立による大阪家庭裁判所昭和六一年(家)第三六九号婚姻費用分担申立事件について、昭和六一年九月一九日同家庭裁判所において、被抗告人に対し、昭和六〇年一一月一一日から当事者の離婚又は別居状態の解消まで、毎月末日限り毎月金五万円を支払い、かつ毎年六月に金九万円を、一二月には各金一五万円を各同月末日限り支払え。との審判を受けた。

二 上記金額の算出において、以下の理由でその金額が不当である。

① 抗告人の住宅費として、抗告人の父親所有の土地・家屋の固定資産税額のみを認めているが、本来持ち家というものは定期的に修繕・補修をしなければとうてい住居として全きを得ることはできないところ、本審判ではそれらに要する費用、すなわち建物の維持管理費は全く考慮に入れていない。

② 被抗告人には、職業費以外に「美術活動費」なる必要経費が収入の三〇%の割合で認められている。しかし、本来「美術活動費」とは製作活動を行なつている場合に、それらの活動に必要な経費をいい、その経費は製作活動による収入から控除すべきものである。ところが、被抗告人の絵画教室における生徒指導は製作活動には当らず、絵画教室からの収入に「美術活動費」を認めることは不当であり、また、他に製作活動による収入を計上していない以上、同じく「美術活動費」を認めることは不当である。

仮に職種柄、何らかの必要経費を認めることが可能だとしても、対税務署関係ならいざ知らず、本件のような婚姻費用分担という、いたつて特殊・具体的な事情に重きを置く家庭内の問題については、より具体的な数字(算定方法)が求められてしかるべきではないか。本審判の如き算定方法はあまりにも形式的に惰するものと言わざるを得ない。

③ 被抗告人の月額収入(金一三万円)について、約五〇名の絵画教室の生徒以外に七宝焼の生徒(大人のみ、一人月謝金五〇〇〇円)からの収入を加えると、より高額なものになるものと思われる。

④ また、過去の婚姻費用を算出するのに、抗告人の現在の収入を基準におく算定方法は不当と言わざるを得ない。

三 本件婚姻費用分担申立事件にあつては、抗告人は別居(破綻)の帰責事由が被抗告人にある旨主張するものであることを考慮されたい。

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